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監視されているページ

起こったことが登場しない、脳内環境の日記です。

ペンギンの個人プレイに期待

どうも。'93生まれのスピードスター後藤あこちすです。

 

やらなきゃいけないことが多すぎると身動きが取れなくなる。

優先順位をつけるのが苦手なんだと思う。そのことに気付いたのはここ1、2年のことで、なぜかというと優先順位をつけなくてはいけない場面というのは大学生になってから初めて遭遇するようになったから。例えばあの授業の試験対策よりはこの授業のレポートを先に片付けたほうがいいとか、それよりもバイト先にシフトを出すほうが先だとか。それ以前は、優先順位なんて考えなくても周囲に従って与えられたタスクをひたすらこなしていけば、問題はなかった。

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今、追い詰められている。なぜなら卒業を目前に控え卒論はなんとか終わらせたものの、それとは別に18単位を取得しなければならないからだ。しかも、そこそこ良い成績で。

4年間の大学生活で18単位も取得できたことは一度も無い。16単位が最高取得単位で、そのときは出席も試験情報の収集も、自分の中では一番頑張っていた。普段ろくに勉強をしないで何をしていたかというと、ボーっと過ごしていたことが多い。なんとなく昼ごろに起きて食事をし、気が向けば趣味の音楽やら絵やらをやり、なんだかんだ夜になっている。

自分は大学というものに向いていなかったな。昔から勉強はそこそこ出来たが、それは明確で短期的な目標が設定されており、それを達成すればいいだけだったからだ。その目標までの道筋はたいてい周囲の大人が教えてくれる。

じゃあ高校を出てさっさと就職すればよかったのかというと、それはそれできっと躓いていただろう。自分が出来ること・出来ないことを見極めるのに大学生活は良い期間だったと思う。

今までにやってきたバイトは家庭教師・塾講師・花屋・派遣の携帯販売であったが、この中で一番没入してやれたのは花屋の仕事だったと思う。

花屋の下っ端というのは毎日同じことをやっていればいい。その上、1日の間にいくつかの区切りがあり、その区切りに向けて現在の作業を終わらせるという目標が設定されている。

朝はまず開店準備、シャッターを開け掃除をし、在庫を店頭に綺麗に並べる。11時ごろになると社員がトラックで市場で仕入れたものを本部倉庫から運んでくる。私は入荷した切花を水揚げして店頭に並べ、鉢花の場合も汚れた葉をむしりながら並べて水をやる。そのあとは社員が手入れした切花をフィルムで巻いて品だしする作業が続くが、来客があればレジを打つ。13時ごろ昼休憩に入り、戻ればまた同じように品出しレジ打ち。夕方になり閉店が近づくと出していた商品をどんどん店内に仕舞い、朝来たときと同じような状態にしてシャッターを閉める。タイムカードを切って、退勤。

良かったな、花屋の仕事は。事務作業が少ないのも性に合ってた。

というか、本音を言えばそんなに卒業したくない。4年にあがった段階で卒業が絶望的で就活はしない方向だったのだが、親にさりげなく留年をほのめかしたところ断固として許さないというような雰囲気だったので頑張ることにした。ちなみに学費はそもそも免除制度を利用していて払っていないし、留年した場合はもちろん私が払うことになるのだが。通っているのが国立大学なので、遊んでいるせいで税金を無駄にして留年するとは何事だという全うな意見だったし、それもそうだなと思って。5月ごろナビサイトに登録して、スロースターターではあったがなんとか10月に無事2社から内々定を貰い、(非常に心労を伴ったが)自分で就職先を決めることができた。

 就職先も決まりあとは卒業すればいいだけなのに、なんとしても絶対に卒業するんだという根性ときっと出来ないだろうなと言う諦めとモラトリアム延長に対する少しの期待がぶつかりあい、相殺。

 

何も考えたくない

 

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これのことしか考えたくない

 

健康診断の結果を出せと催促されているが受けていないので近所の病院に片っ端電話をかけたところ、一番安くても1万3000円ほどすることが分かった。ひとまず卒業する方向だし受けなくては。だが、卒業できなかったら受けても無駄になるものを受けなくてはいけないなんて・・・・・・。3月までの短期バイトも探さなくてはいけないし、卒業が決まったら住む家も探さなくてはいけない。その前に、書き終わった卒業論文をまだ製本していないので印刷所に持っていかないと。あと描きかけのマンガも早く完成させたいし、録音途中の曲もいっぱいあるし。いや、これはどう考えても今やらなくていいことだな、

 

優先順位をつける・先を見通すのが苦手なことと、自分があまり欲(特に、他者と末永くやっていきたいという欲)を持っていないことには関係があるんじゃないかと最近思う。それが先天的なものなのか後天的なものなのかは分からない。ずっと先天的なものかと思っていたけど、思い返せば幼少期の貧困・またその貧困による両親の不仲も関係しているような気がしてきた。どうだろうか。

自分の生育環境と自分の持っている感覚は、他人のものを経験できないのでそれがなんとなくズレているような気がするのだが、未だに確信が持てない。とりあえず親も親でドライというかインデペンデントな存在だし、その血を分けその環境で育った私が先天的にしろ後天的にしろ、インデペンデントになってしまったのは頷ける。